なぜ人は悩むのか

ある日のことでした。

私は町中のお寺の住職で、いつものように朝のお勤め(お経)を終えたあと、本堂の玄関を開けたままにして掃除をしていました。

すると、ひとりの女性が、おそるおそる本堂に入ってきたのです。

「おはようございます。あの、ちょっと、お話してもいいですか?」

彼女は40代、目元には深いクマがあり、疲れきった表情をしていました。

椅子に腰をかけ、ゆっくり話を聞くと、職場でのパワハラ、人間関係のストレス、家でも孤独を感じて「もう、生きてる意味がわからない」と泣きながら話してくれました。

その時、私は強く思いました——

なぜ人は、こんなにも苦しまなければならないのだろうか?

「悩み」は、誰の心にも芽ばえる

あなたにも、こんな経験はありませんか?

・人間関係がうまくいかなくてモヤモヤする。

・お金のことでいつも不安になる。

・なんだか漠然と「このままでいいのかな?」と思う。

・自分なんて、いてもいなくても同じかも、って考えてしまう。

・霊、スピリチュアルなど見えない存在が気になる。

そう、悩みって、突然やってくるんです。

それはまるで、晴れた空にぽつんと現れる黒い雲のように。

そして不思議なことに、その雲が心の空に居座ってしまうと、どんどんどんどん暗くなってしまう。

では、なぜ人は悩むのでしょう?

それは、「考える心」を持っているからです。

石や草花は、自分の存在に疑問を持ちません。

でも、人間だけが「生きるってなんだろう」「自分は何者だろう」と、考えてしまう。

これは、人間だけが持つ「仏になれるタネ」でもあるんです。

仏さまも、悩みの中から生まれる

昔々、あるところに、「しょうた」という少年がいました。

しょうたは、家が貧しくて、学校にもあまり行けませんでした。

弟たちの面倒を見ながら、畑仕事も手伝い、日々くたくたになって生きていました。

でも、夜、こっそりと古びた仏教書を読んでいたのです。

「人の命って、何のためにあるんだろう」「自分なんて、何の価値があるんだろう」と悩みながらも、ページをめくるたびに、ふしぎと心があたたかくなっていったそうです。

しょうたはやがて、大人になっても「悩む心」を大事にしました。

その悩みこそが、人を深くし、やさしくし、そして強くしてくれると信じたのです。

悩みは、「仏の目覚まし時計」

日蓮聖人はこう仰いました。

「此の経は持たん人難に値うべし。然れども忍びてすぐるをば仏になるべきなり」

つまり、困難が来たときこそ、「ああ、仏のチャンスがきたんだ」と思ってごらんなさい、という意味です。

ちょっと変わった考え方に思えるかもしれません。

でも実はこれ、すごく深いんです。

たとえば、目覚まし時計って、眠ってるときにはうるさく感じますよね。

でも、その音がなかったら、私たちは永遠に眠ったまま。

悩みや苦しみは、「仏になれるチャンスですよ!」という、

心の中の目覚まし時計みたいなものなのかもしれません。

ある尼僧さんの体験:悩みがくれた宝物

ある日、遠方からひとりの尼僧さん(女性のお坊さん)が妙行寺を訪ねてこられました。

五十代後半のその方は、かつて教師をしていたそうですが、職場でのトラブル、家庭の不和、そして親の介護疲れが重なって、精神的に大きく落ち込んでしまったそうです。

そのとき、偶然手に取ったのが、法華経の一節と、「南無妙法蓮華経」のお題目でした。

毎日唱えるうちに、「私はまだ変われる」「私は捨てられていない」と思えるようになり、人生を一から見つめ直すことができた。

その方はこう言いました。

「悩みのどん底で出会ったのが、仏の声だったんです」

悩みの底には、真珠がある

貝が真珠をつくるとき、どうやって作るか知っていますか?

実は、貝の中に小さな砂が入ってしまうんです。

その砂がチクチクと痛む。でも、その痛みに耐えながら、少しずつ“真珠層”というものを積み重ねていく。

やがて、美しい真珠になるのです。

私たちも同じです。

悩みという砂が心に入ってきたとき、それを乗り越えようとして生まれるもの——

それが、やさしさだったり、信じる力だったり、生きる意味だったりします。

「悩むこと」は、あなたが生きている証拠

悩みを抱えていると、「私はダメなんだ」「もう終わりだ」と思ってしまいがちです。

でも、そうじゃありません。

悩めるということは、あなたが“生きている”という証です。

そして、その悩みはいつか、必ずあなたの宝物になります。

だから、どうか、自分を責めないでください。

ほけきょうの心で、自分をだきしめよう

仏教はこう説いています。

「一切衆生 悉有仏性」

すべての命は、もともと仏の性(さが)を持っている。

あなたも、わたしも、あの人も、

みんなが、もともと光を持って生まれてきたのです。

悩んでいるあなたに、仏は語りかけています。

「あなたはそのままで、もうすでに大切な存在なんだよ」

最後に

最初に話した、泣いていた女性——

その方は、何度かお寺に通ううちに、少しずつ笑顔を取り戻していきました。

ある日、こう言ってくれました。

「いまでも悩むけど、仏さまが見ててくれるって思えるから、頑張れるんだ」

この文章を読んでくださっているあなたへ。

悩みがあるってことは、それだけあなたの心が真剣に生きているってこと。

法華経と一緒に、その心を大事に育てていきましょう。

大丈夫。

ナムナムしてたら、きっと大丈夫だから。