心霊写真を撮ってしまった女性
お寺には、さまざまなご相談が寄せられます。先日ご縁をいただいたのは、40代の女性からの「心霊写真をお焚き上げしてほしい」という切実なお申し出でした。
その方が数年前に、友人たちと旅行へ出かけた際に撮った集合写真がことの始まりでした。一見すると何気ない記念写真なのですが、彼女の肩の後ろに、はっきりと説明のつかない人影が映り込んでいたのです。周囲にそんな人物はいなかったことから、撮影直後から皆で「これはおかしいね」と話題になったそうですが、当時は怖いながらも半分は冗談として保管していたといいます。
しかしその後、不思議な出来事が続きました。体調を崩して入院することが増え、原因不明の頭痛に悩まされたそうです。あるときは通勤途中で追突事故に巻き込まれ、大きなケガこそなかったものの、その後もしばらく心身の不調が続いたそうです。さらに、身近な人間関係でも不思議な行き違いや不和が起き、次第に「どうしてこんなにツイていないのだろう」と思わずにはいられなくなったといいます。
当初は偶然の積み重ねだと自分に言い聞かせていたものの、ふと気がつけば、不運の始まりはあの「心霊写真」を撮った頃と重なっていました。数年が経つうちに「もしかしたら、あの写真が関係しているのではないか」という思いが強くなり、やがて手元にあるだけで不安を覚える存在になってしまったのです。とはいえ、ただ捨てるわけにもいかず、かといって持ち続けるのも怖い。年月を経て、ようやく勇気を出してお寺へと足を運ばれました。
お焚き上げの場にて
ご依頼を受けた当日、まず本堂にてご祈祷、ご供養の読経をいたしました。お経の声が堂内に響くなか、写真に宿ってしまった不安や影が、神仏の光に導かれるよう心を込めて祈念します。女性ご自身にも手を合わせていただき、お題目(南無妙法蓮華経)を一緒にお唱えいたしました。ご供養の前は、これまでの恐れや不安が思い出されるのかとても不安げで緊張した面持ちでした。
ご供養を終えたのち、それまで女性の顔にあった緊張の色が、随分と和らいでいるのが感じられました。女性の口から「一緒にお題目を唱えていると、長い間、心に重くのしかかっていたものが消えていったようです」という言葉がこぼれました。
心霊写真が示すもの
今回の出来事を通じて改めて思うのは、心霊写真そのものが害をなしていることもありえます。しかし、心霊写真が人を害するのではなく、それを前にした人の「心の受け止め方」が人生に影響を及ぼすこともあるいうことです。目に見えない存在を恐れるのは、人として自然なことです。しかし、その恐れを抱え込むことで、私たちは不安や不調を引き寄せ、ますます重苦しく感じてしまうのかもしれません。
今回のご供養は、単に写真を手放す行為ではなく、心の迷いや不安を仏さまへと委ね、心を新たにするための大切な儀式であったといえるかもしれません。
前へ進むために
ご供養を終えた女性は「これでようやく安心して眠れそうです。これからは前向きに過ごしていきたいです」と笑顔を見せてくださいました。その表情は、まさに重荷を下ろした人の安らぎに満ちていました。
もし皆さまの中にも、手放したいのに処分できず、不安の種となっている写真や品がありましたら、どうか一人で抱え込まずにご相談ください。お焚き上げは、恐怖を鎮めるためのものと同時に、心を清め、新しい一歩を踏み出すための仏縁でもあります。
心霊写真は「恐ろしい出来事」ではなく、「心を見つめ直すきっかけ」として私たちに与えられたものかもしれません。
